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か弱い姫君? [戦国]

 

「武者は犬ともいへ、畜生ともいへ、勝事(かつこと)が本にて候事」

朝倉氏3代に仕えた猛将朝倉宗滴の残した家訓「朝倉宗滴話記」より。

 

犬とも、畜生とも罵るがよい。(どんな手段を取ろうとも)武者は

勝たねばならないのだ!

凄まじいまでの勝利への執念渦巻く戦国時代。

 

厳しい戦国の世にあって、自国の領地を守り、拡大していくために

政略結婚はごく普通におこなわれました。

あるいは結婚そのものが政略的でした。

 

初恋の人への思いを隠し、父の命ずるままに他国に嫁ぐ姫君。

悲しき運命に翻弄される薄幸の姫君。

 

大河ドラマでも涙を禁じ得ない場面となります。

 

しかし戦国の女性はそれほど‘やわ’ではなかったようです。

 

その美貌から戦国に咲いた花ともうたわれたお市の方が、兄である

織田信長の政略により浅井長政のもとに嫁いだのは

永禄七年(1564年)。

その3年後、信長は浅井氏と関係の深い越前の朝倉義景の討伐を企てる。

浅井長政は信長ではなく朝倉との同盟を選択。

信長は越前に侵攻、この時近江の浅井が信長軍の退路を断てば信長軍は

もはや袋の鼠となり壊滅する危機となった。

兄信長の危機を察したお市の方は信長に小豆の入った袋を急ぎ送った。

小豆袋はその両端を細縄で固く縛られていた。

小豆袋は信長が袋の鼠になるというお市の方が送った警告であった。

警告に気づいた信長は間一髪のところで危機を脱することができた。

 

 

美濃の斎藤道三の娘であり、信長の正室となった濃姫の話です。

信長に嫁いでほどなくして、濃姫は信長の奇妙な行動に気づいた。

信長が夜ごと寝床を抜け出してどこともなく出ていく。

不審に思った濃姫が信長に問いただすと、信長は「すでに数名の斎藤家

重臣がこちらに内通している。彼らは道三を殺し、狼煙をあげると

約束している。それで毎夜高台に登り狼煙があがるのを待っているのだ」

と打ち明けた。

信長の話を聞いた濃姫は密かに密書を父道三に送る。

「父上、数名の家臣が夫信長に内通、父の命を狙っています!」

密書を読んだ道三は激怒、密書にあった内通者を即座に殺してしまった。

しかしこれは斎藤家の弱体化を狙った信長の謀略であった。

 

この2つの逸話(事実であったか正確にはわかりませんが)は当時の

姫君の意外な逞しさを物語っています。

 

姫君たちは決してただ不幸な運命に弄ばれていただけではないようです。

 

彼女たちも欲望渦巻く戦国の世にあって、何よりも実家を守るため懸命

生きることを優先した。

 

‘タフ’な女たちです。

 

タフガールが相手となれば、男たちの接し方も現代とは

ちょっと違う?ようです。

戦国の時代から、江戸初期にかけては女性に対して総じて冷淡な態度を

取ることが武士の心得でした。

 

氏家幹人氏著「武士マニュアル」に戦国時代の高名な剣客、塚原卜伝

が詠んだ武士の心得100首を集めた「卜伝百首」が紹介されています。

 

その中に女性への接し方で守るべき3つの教えがあります。

 

*武士は女に染まぬ心もて これぞ誉れの教えなりける

*武士の稚児や女に戯れて 心おくれぬ事はあらじな

 

3つめがちょっと凄いです。

 

*武士の月代(さかやき)を剃る剃刀を かりにも女の手にも取らすな

 

 

他の文献でも「人の心は変わりやすく信じがたいが、とりわけ女には

心を許せない」「7人の子をなすほど長く連れ添った女でも心許すな」

などなど・・・警句が散見されます。

 

マッチョな武士社会が生んだ女性不信でしょうか、

あるいはタフな女性たちに対する武士の自衛策だったのでしょうか?

 

 お市の方.jpg

 お市の方肖像画

 

お読みいただき有難うございます。

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