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新撰組 沖田総司と黒猫の話 [幕末 江戸]

「幕末未来人」という昭和52年に放映された連続ドラマをNHKの

オンデマンドで見ました。

学校帰りの2人の高校生が横須賀の戦艦三笠の艦内を見学していると、

突然不思議な現象が起きて彼らは幕末にタイムスリップ

 

2人の若者は幕末の日々を、持っていた日本史年表を頼りに悪戦苦闘

しながら過ごします。

しかし2人が遭遇する幕末の出来事と日本史年表が記述する史実との間で

徐々に歪みが生じていく。

 

薩英戦争が史実より3日前に勃発。

長州の桂小五郎が池田屋で命を落とす。

・・・

 

新撰組の沖田総司も登場する。

沖田総司は若き蟹江敬三が演じる水戸浪士と決闘する。

勝負は沖田総司有利の展開となるが、急に激しく咳込んだところを

蟹江浪士に斬られてしまう。

 

まさかの展開!

 

 新撰組旗.jpg

 

沖田総司の剣は天才的であったらしい。

 

土方歳三や井上源三郎といった試衛館(天然理心流道場)生え抜き、

千葉周作の玄武館で北辰一刀流の目録をもらった藤堂平助や同じ千葉の

免許をとった山南敬助などもこの道場に来ているが、竹刀をもっては、

みんな沖田に子ども扱いにされた。(永倉新八遺談)

 

玄治元年(1864年)の6月5日、

新撰組がその名を天下に轟かす三条小橋旅館池田屋惣右衛門方斬り込みの

事件が起きた。

池田屋に斬り込んだ沖田総司は戦闘中に昏倒し戦線を離脱する。

昏倒の理由について、一般には持病の肺結核の再発によるとされている

ようです。

新撰組を描いたドラマでも、戦闘中に沖田総司が喀血し倒れ込むシーンが

多く登場しています。

 

病は快方に向かわず、幕府の命運を決した鳥羽伏見の戦いに参戦

できなかった沖田総司は慶応4年(1868年)の1月に江戸に帰還し、

新撰組ともかかわりの深い幕医松本良順医学所で治療を受ける。

 

同年2月末には千駄ヶ谷の植木屋平五郎宅の離れに移り療養した

とされます。

療養中の沖田総司を気遣った近藤勇が離れに手を加えるための手間賃を

大工さん支払った記録が残っています。

 

死期のせまった沖田総司の描写に有名な黒猫の話が伝えられています。

 

ある日一匹の黒猫が離れの庭先にある梅の木の根元に現れる。

総司は起き上がりその黒猫を斬ろうとするが、斬れない。

翌日また庭先に来たその黒猫を斬ろうとするが、どうしても斬りつける

ことが出来ない。

その翌日総司は息を引き取る。

 

沖田総司の最期の言葉は、介抱する老婆にかけられた

「婆さん、あの黒猫は今日も来ているだろうな」

であった。

 

沖田総司が患った肺結核は、江戸時代には労咳と呼ばれており多くの人々

を苦しめた。

病の原因もわからず、当然その処方策も持たなかった。

 

酒井シヅ氏監修「江戸の医学」には、結核について無力であった当時の

江戸の人々が神頼みや願掛けに救いを求め、結核の予防や治癒に関する

俗信や迷信の類が流行したと記述されています。

 

黒猫を飼っていると労咳が治る。

 

この迷信を裏付ける江戸川柳も残っています。

 

青白い娘のそばに黒い猫

 

当時黒猫の存在は、そのそばにいる人が労咳を患っていたことを暗示

していたようです。

 

療養する沖田総司の前に現れたと伝わる黒猫。

あるいは、総司の病の回復を願った近藤勇が連れてきた黒猫なのか

とも思えます。

 

 

最後までお読み下さり有難うございます。

戦国・幕末新選組グッズの侍気分HP 宜しければご覧ください。

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コメント 14

suhr0045

今でこそ、結核は治せない病気ではなくなりましたが、戦後くらいまでは死病扱いだったようですね

名を馳せた剣豪であれども、病に勝てないという現実がなんとも悲しいです


by suhr0045 (2014-05-01 23:41) 

アナログ侍

suhr0045さん
コメントどうも有難うございます。とても怖い病です。多くの若者が命を落としていますよね。天才剣士の沖田総司もわずか26歳で亡くなっています。
by アナログ侍 (2014-05-02 15:37) 

ねじまき鳥

黒猫はそういう意味があったのか。

by ねじまき鳥 (2014-05-02 21:00) 

アナログ侍

ねじまき鳥さん
コメント有難うございます。黒猫は恋の病にも効用ありのようです。想像ですが竹久夢二の黒猫を抱いた女性の絵も何か関連ありかもしれません。
by アナログ侍 (2014-05-02 21:58) 

おーやん

沖田総司は結核で亡くなったんですね。しかも26歳だなんて!

あの時代の志士は太く短い人生が多いですね!
by おーやん (2014-05-02 23:06) 

アナログ侍

おーやんさん
コメント有難うございます。無事に明治を迎えて政府高官になった人もいますが、多くの志士は本当に若くして亡くなってしまっていますよね。
by アナログ侍 (2014-05-03 00:22) 

風来鶏

沖田総司=美男説は、映画やテレビで演じた俳優さんによるものだそうですね!?
実物の写真を見る限りでは、とても「美男」とは言えません^^;)
by 風来鶏 (2014-05-03 07:43) 

アナログ侍

風来鶏さん
コメントどうも有難うございます。残されている写真は沖田総司のものではないという説が有力だそうです。また有名な肖像画は沖田総司の親類(姉の孫?)をモデルに描かれたものであるらしく、総司本人の肖像画ではないそうです。沖田総司は実に謎に包まれた剣士で出自なども実はよくわかっていないようです。
by アナログ侍 (2014-05-03 20:01) 

hanamura

黒猫を、こうして文学的(?)に取り上げられると、
エドガー・アラン・ポー しか、想像できなくなって・・・
沖田総司が斬れない意味を、想ってしまいます。
by hanamura (2014-05-04 23:14) 

okin-02

ご無沙汰致して居ります。
我が家のPC、やっと・xpから8.1に乗り換えする事が出来ました・・・
不慣れで・使い慣れるまで時間が懸かりそうですが??
これから・ぼちぼち再開しますのでお付き合い宜しくです。
by okin-02 (2014-05-05 17:04) 

アナログ侍

hanamaruさん
コメント有難うございます。
沖田総司がなぜ黒猫を斬れなかったのか、沖田総司が黒猫に何を想ったののか、いろいろと考えてしまいます。
by アナログ侍 (2014-05-05 18:03) 

アナログ侍

okin-02さん
こんにちは。
使い勝手が違いますよね!
私の周りでも、新しく8.1を乗り換えで購入しても、
納品にかなり日数がかかってしまって方が多かったようです。
こちからこそ宜しくお願いします。
by アナログ侍 (2014-05-05 18:15) 

Silvermac

若くして病死した沖田総司は、それでよかった気もします。
by Silvermac (2014-05-06 06:06) 

アナログ侍

Silvermacさん
コメントどうも有難うございます。
そのお気持ちもよくわかります。
沖田総司は近藤勇の刑死を知っていたのでしょうか。
by アナログ侍 (2014-05-06 09:28) 

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